コミュニケーションとは?
ここで、コミュニケーションの言語学的意味を話す気は毛頭ないですが、相手のことをもっと知りたいとか、親しくなりたいとかという気持ちから、発達していったことは確かでしょう。
もちろん、人間同士だけでなく、どの生物界においてもです。(植物にそういう気持ちがあるかは深く追究しないように。)
ただ、人間は言語という最も複雑なコミュニケーション手段を巧みに操れる動物です。複雑なるが故に様々な誤解や問題を引き起こしますが。
その言語という記号の中でも個人の氏名というのは、コミュニケーションの場でとても大事な存在だと思います。なにしろこれがないと、人間社会の場合、主体も客体もまったく訳がわからなくなってしまい、すべてが麻痺状態になります。
ところが、この最重要物が最近はまるで本当に記号のごとく扱われてる感覚を覚えるのです。
へたすると、メールアドレスと同等もしくはそれ以下くらい地位が下がっているように感じます。
メールアドレスで相手が特定できるんで、なくてもなんとかなっちゃうわけですから。
昔は、果し合い(決闘)でも、世の東西問わず、必ず自分の名をしっかり伝え、相手の氏名をしっかり心に刻み、歴史に残そうとする礼儀と思いやりを持ってました。
大袈裟に聞こえるかもしれませんが、弊社では、これがコミュニケーションの原点だと思ってます。
電話応対の時も、自分の名前をしっかり伝え、相手のお名前を会話の中に必ず入れるようにしてます。
初めてのお客様ともすぐに親しく話せるようになるし、事務的・マニュアル的な会話にならなくなりますから。
自分の名前をしっかり伝え、相手の名前もしっかり言うところから始まるトランシーバーというツールはまさにコミュニケーションの原点というか基本を守らせてくれるなかなかにくい奴です。
そう思えば、この仕事も誇り高きものであります。