偉大なる音楽家ジョン・レノン No.14

  • Sep 09, 2013
  • Pankie Koba

前回に少しだけ書いた「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」が1967年2月17日にペニーレイン(ポール作)と一緒にシングル・リリースされました。(アメリカでは一足早く2月13日にリリース)

どっちがA面とかは私にとってはどうでもよいので語りません。(両方ともA面という人もいますが。)

「ストロベリー・フィールズ」はジョンが育った家の近所にある救世軍本部(孤児院)のことで、そこで開かれるパーティーでの楽しいひととき、古き良き思い出に浸りながら、虚無的な世界を描きたかったのでしょう。

音響アレンジのことは「サージェント・ペパー」で書いた内容と重複するので省きます。(逆回転のテープループなど。)

まず特徴的なのは、ジョンのけだるい歌い方です。フェイザーなどのエフェクトをかけて空中を浮遊する感じが何とも言えません。

そしてこの曲の重要な要素は音の隙間です。現実感を排除する素晴らしい効果を出しています。

曲の構成はいたってシンプルですが、所々に2拍子・3拍子を混ぜて曲調を微妙に変化させたり、Bメロの冒頭部分のキーをB♭からFに転調した感じにしたり、ジョンならではの真骨頂が随所に発揮されてます。

この年の締めくくりのアルバム「マジカル・ミステリー・ツアー」にも収録されてますが、この曲はある意味、ジョン個人にとっても時代的にも1967年を象徴した曲のひとつと言えるでしょう。

もうひとつ、同じように構成も曲調もいたってシンプルな曲をこの年リリースします。

ジョンの掲げる「ラヴ&ピース」の代名詞にもなった「オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ」です。

この曲も「マジカル」に収録されてますが、1967年6月25日の世界同時衛星生中継番組「アワ・ワールド」で、視聴者の前でライヴレコーディングするという企画で、作られた曲です。

本当は、6月14日にオリンピック・スタジオでバッキング・トラックを、6月19日にアビイ・ロード・スタジオでヴォーカルと追加バッキングをレコーディングし、そして6月24日に最終レコーディングを行い、翌25日に完成したバッキング・トラックに合わせ、生で歌い演奏しました。テレビでは視聴者にレコーディングを実際にしているように見せることはできたわけです。(ジョンのリード・ヴォーカルは翌26日に再レコーデイングされました。)

そしてイギリスでは7月7日の七夕の日?にシングル・リリースされ、4週間1位に。アメリカでも7月17日にリリースされ、1位になりました。

曲の特徴としては、この年他の楽曲でもよく使われた変拍子が用いられている点です。4拍子と3拍子の繰り返しで始まります。また、もうひとつこの年ジョンお気に入りになったベース音が下降していく展開がBメロの中でみられます。

G-D(onF#)-Em-G-D(onF#)-Em-Am7-G-D(onF#)-D(onE)-D-D(onC)-D(onB)-D(onA)-Gという展開です。

そしてジョンがハープシコードでバッキングを入れている点も聴き逃せません。音質がクリアなので、軽いタッチの仕上がりになってます。

オーケストラ的サウンドはこの年から定番的になってきましたが、ポールの意向と主張が強く感じられるので多くは語りません。ジョンの趣向ではなかったはずです。それはジョンがソロになってからリリースしたアルバムを聴けばわかるでしょう。

イントロでは「フランス国歌」が、エンディングでは、「イエスタデイ」、「シー・ラヴズ・ユー」の歌と「イン・ザ・ムード」「グリーン・スリーブス」の演奏が入り、明るく楽しい雰囲気を醸し出してます。

もうひとつ、「マジカル」の中に収録されてる曲で、ジョンの最後のサイケデリック・ソングと言われてる「アイ・アム・ザ・ウォルラス」がこの年の大傑作と言えるでしょう。

1967年11月24日に「ハロー・グッドバイ」のB面としてシングル・リリースされました。(B面と聞いてジョンはかなり憤ったそうです。)

この年、ジョンにとってショッキングな出来事が起こります。それは、ジョンの兄とも父親ともいえるマネージャーのブライアンの死です。1967年8月27日 享年32歳。睡眠薬の過剰服用による死亡と推定されてますが・・・

その9日後からこの曲はレコーディングされました。

モチーフは、ルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」に出てくる「セイウチと大工」ですが、そのクレイジーでシュールな詞はトリップしながら書いたものだと誰でもわかるでしょう。ブライアンの死によるジョンのやり場のない気持ちが伝わってきます。

詞については訳詞がネットでも見れるので解説はしませんが、まるでダリの絵画をみるような気がします。

ひとつだけ解説すると、歌詞の中に登場するエッグマンはジョンの造語ですが、マザー・グースの童謡に出てくるハンプティー・ダンプティーとアニマルズのヴォーカリスト、エリック・バードンから浮んだものだそうです。エリック・バードンはその奇妙な性癖から「エッグ」と何故か呼ばれてました。(歌詞にもあるようにきっと頭を伸ばす芸とか持ってたのかも。)

さて、曲についてですが、まずエレクトリック・ピアノ(ウーリッツァという当時コンパクトなボディで人気があったモデルです。)でジョンが弾いてるイントロのリズムが印象的です。3度5度の和音とルートの音を交互に8分音符で奏でるだけのシンプルなリズムですが、これは、ジョンがある日、自宅前を通った救急車のサイレン音のドップラー効果による高低のサウンドと規則的な音の間隔にインスパイアされたものだそうです。

そしてAメロ・Bメロの部分は3和音の4分弾きでベーシックな部分をしっかり作り、歌詞もリズムの一部になって、韻をふむ言い回しがとても生きています。また最後の繰り返しの部分では回を重ねる毎に1オクターブ上がり、リズムも4分から8分そして16分と変化をつけ、盛り上がっていきます。それから、前半と後半をつなぐ部分とエンディングに聴こえるラジオ音は、ジョンがBBCのラジオ放送のダイアルを回して適当に録った音声をリミックスの段階で入れたものですが、最後に聴こえるセリフはシェークスピア作リア王の一部です。

この曲のキーはAですが、イントロはB-A-G-F-E-E7-D-D7、AメロはA-C-D-A-C-D-A、BメロはA-D-F-G-A-F-B-C-D-E、後半はB-A-G-F-E-F-B-C-D-E-D-C-B(ここのメロディーはインド音楽を感じさせますね)、最後はA-G-F-E-D-C-Bの繰り返しです。

この展開からもわかるようにキーCのスケール上の音をルートにしたメジャーコードで下降させたり、上昇させたりしてるだけですが、キーがAなのに、Eにも、Bにもなるような展開で、いったいキーは何なのかわからないという魔法のようなテクニックです。おそらくプロのミュージシャンでも譜面なしで聴いただけでは、キーがすぐにわかる人は少ないと思います。メロディーもイントロの交互に上下する規則正しい音が繰り返し続き、まるでお経のようです。しかしフレーズの締めくくりはまさしくロックです。エンディングに至ってはこれぞ真のロックと言えるでしょう。もうひとつこのコード進行は、ローリング・ストーンズやクリームやジミ・ヘンやベンチャーズ(ロックグループか?)など(挙げていくとキリがないのでこのへんで)のロックグループが必ずやると言っていいコード進行の総集編みたいです。シンプルなのに画期的な雰囲気を醸し出す、ジョンのにくい技が隠された、まさにプロ好みと一曲と言えるでしょう。

ヴォーカル・エフェクトにもファズやフランジャーを使い、サイケな中に重厚感も感じます。

「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のリリースから「アイ・アム・ザ・ウオルラス」のリリースまでの間に、ジョンはマリファナだけでなくLSDも常用するようになり、瞑想と幻想の世界に浸る時間が増えていった。そして8月24日に敬愛するマハリシ・マヘーシュ・ヨーギー師に出会い、その直後に大切なブライアンを亡くしました。

11月27日にリリースされたアルバム「マジカル・ミステリー・ツアー」も、12月26日にBBCで放映された同名のテレビ映画もポールのアイデアをもとに制作されたものですが、1967年はジョンにとってまさに「マジカル・ミステリー・ツアー」といえるでしょう。

翌年、ジョンはインド音楽そして文化・思想にますます傾倒していくようになります。また、ジョンにとってかけがえのない人になるヨーコ、そして盟友ポールとの関係が決定的になる年、それが1968年です。

レンタルのはじめの一歩 →
『お申込/お見積』のご依頼を!

レンタルのお申込/お見積