よこはま物語その38

  • Jun 23, 2026
  • Daisuke Kobayashi

「Jack's」(ジャックス)

まだ「ステーキ」が「ビフテキ」と呼ばれていた時代、中華街の善隣門とウインドジャマー(よこはま物語その13)の中間に「Jack’s」(ジャックス)というアメリカ風ステーキハウスがありました。

このお店は小倉昭二さんが1958年(昭和33年)に創業したお店で、最初は「トーク・オブ・ザ・タウン」という名前でした。

オープン当初は米軍関係や外国人船乗りがほとんどで、米兵の喧嘩が原因で焼失してしまい、1960年(昭和35年)に「ジャックス」という名前で再オープンしました。

オーナーの小倉昭二さんは終戦直後から米軍キャンプで料理を学び、その当時の愛称が「ジャック」だったことから、「ジャックス」に改名したそうです。

しかし、中華街の区画整理とビル建築に伴い立ち退きを余儀なくされ、1990年本牧の間門に移転いたしました。

本牧間門に再オープンしたジャックス
本牧間門に再オープンしたジャックス

中華街のお店から持ってきた入口のメニュー看板。値段も変わらず。
中華街のお店から持ってきた入口のメニュー看板。値段も変わらず。

ジャックスのメインメニュー
ジャックスのメインメニュー

ここの人気メニューは300gのニューヨークカットステーキと230gのジャックス特製サーロインステーキでした。

熱々の鉄板に載せジュージューと音を立てながら提供するシザリング(Sizzling)スタイルは今ではいろいろなお店でやっていますが、おそらくジャックスが最初だと思います。

そしてここのステーキはチャコール(木炭)グリルで焼くバーベキューで、じっくりと火を通したお肉は適度に燻され適度に脂が落ちた独特な美味しさがありました。

そしてなんと表示されているグラムは、グリルで焼いた後の余計な脂が落ちた状態のグラム数なんです!

300gのニューヨークカットステーキは、焼く前はおそらく1ポンド(450g)はあったと思いますよ。

ステーキには小倉さんの心意気と優しさが溢れていました。

熱々の鉄皿で提供されるジャックス特製サーロインステーキ。230gと思えない大きさ!醤油バターが香ばしくお肉についた仕上がりです。
熱々の鉄皿で提供されるジャックス特製サーロインステーキ。
230gと思えない大きさ!
醤油バターが香ばしくお肉についた仕上がりです。

木のボウルに自家製サウザンアイランドのドレッシングがかかったレタスとトマトのシンプルなサラダ。
木のボウルに自家製サウザンアイランドのドレッシングがかかったレタスとトマトのシンプルなサラダ。

その他ハンバーグステーキやスペアリブ、スラッピー・ジョーまで揃ったアメリカンスタイルの肉料理専門店でした。

今でもアメリカの男の子に最も人気があるスラッピー・ジョー
今でもアメリカの男の子に最も人気があるスラッピー・ジョー

スラッピー・ジョーとは、1930年にJoeという料理人が「Loose meat sandwich」という名で最初に作ったものが発祥とされ、ミートソースの具材をハンバーガー用バンズに挟んだもので、食べる際に具がこぼれ落ちることから、「だらしない」の意味の「Sloppy」(スラッピー)の名が付けられ、考案者の料理人の名前と合わせ「Sloppy Joe」(スラッピー・ジョー)になったそうです。

お店に入って左側にあるカウンターと厨房
お店に入って左側にあるカウンターと厨房

ジャックスの店内風景。壁に飾ってある絵は閉店後常連のお客様に格安ですべて売却されました。
ジャックスの店内風景。
壁に飾ってある絵は閉店後常連のお客様に格安ですべて売却されました。

中華街のジャックスがお気に入りだった石原慎太郎と石原裕次郎
中華街のジャックスがお気に入りだった石原慎太郎と石原裕次郎

オーナーの小倉昭二さん、石原慎太郎、石原裕次郎、浅丘ルリ子、謎の美女
オーナーの小倉昭二さん、石原慎太郎、石原裕次郎、浅丘ルリ子、謎の美女

人柄の良さがにじみ出てる小倉昭二ご夫妻
人柄の良さがにじみ出てる小倉昭二ご夫妻

ジャックスの紙ナプキン

多くの有名人も通った横浜を代表するお店でしたが、残念ながら2011年3月27日の最終営業をもって閉店してしまいました。

 

 

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